自己紹介その② 渡米~現在

アメリカ

豊橋市で会計事務所を開業している岡本友理絵です。

今回は渡米から現地での就職~出産~帰国までです。その①をまだ読んでいない方は、先にお読みください。

渡米から就職まで

夫は2019年3月に一足先に渡米し、現地の日系事業会社で勤務を開始していました。私は税理士法人の繁忙期が目前だったこともあり、繁忙期を終えるまでは日本に残ることにしました。
2019年6月末に税理士法人を退職し、家を引き払い、会計士登録を抹消し、住民票も抜き、ニューヨークに向けて出発しました。4時間遅れで夜中の2時にJFK空港に到着したものの大勢の乗客の荷物がターンテーブルから出てこず、大行列ができているカウンターの係員が「今日はもう閉めるから明日また来て!!!」と叫んでいるなどのハプニングを挟みつつ、何とかアパートへたどり着きました。

配偶者ビザのままでは働くことが出来ないため、EAD(Employment Authorization Document)という労働許可証を取得する必要がありました。行政手続の遅さに定評のあるアメリカですので、当初の案内では3か月とありましたが、結局EADを入手できたのは申請から半年後の2020年2月でした。EADを入手するまでは当然働くことができないので、最初こそ観光客気分で街に繰り出していましたが、だんだん暇を持て余し始め、YouTubeをひたすら見たり、無料の英語レッスンに通ったり、簡単だと半分騙されて始めた米国公認会計士の勉強をしていました。

現地での就活ですが、在米予定が5年以内だったこともあり、現地での生活を楽しむことが最優先でした。そのため残業・出張・土日出勤のありそうな会計事務所は候補から外し、一般事務で就職先を探していました。ところが、会計事務所での経験しかない=事務未経験であり、さらにアメリカに来たばかりということで、一般事務での就活は難航しました。
あまりにも就職先が見つからなかったため、残業出張なしで契約をしていただけた日系会計事務所に就職しました。日系会計事務所は、BIG4の日系担当部署も含めてどこも人が足りていないので、アメリカで働いてみたいという方は、チャンスです。今思えば、お給料やキャリアの面でも、会計事務所に就職して良かったと思っています。

「英語は特別なスキル」という日本の環境から「英語は話せて当たり前」という環境に移り、日系またはアジア系の方ばかりの社内研修で、意見を流暢に伝えられないのが自分だけという状況にはかなり苦戦しました。基本的にお客様は日本語話者の方でしたが、たまに英語でコミュニケーションをとる必要があり、英語でのヒアリングなどが続くとかなり疲弊しましたが、実践で英語を学ぶことができていることに喜びも感じていました。ここで感じた英語への考え方についてもまた記事にします。
そんな中でも平日は日中ずっと仕事で英語を読んでいるため、読解力はぐんぐん伸び(元のレベルが低すぎたのもありますが…)、米国公認会計士に合格するまでの英語力を身に着けることが出来ました。

パンデミックから出産、そして帰国まで

会計事務所に入社したのは2020年3月でしたので、8ヶ月ぶりの社会復帰とニューヨークのグランドセントラル駅(中心の駅)への通勤で心が躍っていました。入社2日目にはクライアント先への訪問も予定されていたのですが、入社当日にニューヨークで1人目のコロナ感染者が発見されたことにより、事務所作業となりました。コロナ感染者は日に日に増え、入社翌週には在宅勤務がスタートしました。
「まあ、在宅勤務は1週間、長くても1ヶ月だろう」と全員思っていたので、あらゆる荷物をデスクに置きっぱなしでPCのみ持ち帰りました。次に私がオフィスに行ったのは、1年8ヶ月後の2021年11月です。

パンデミック中は限られた職業の方しか公共交通機関を使用できず、レストランは持ち帰りのみ、スーパーは入場制限で長蛇の列など、生活が一変しました。1日に何度も救急車がサイレンを鳴らして走り、行き場のない遺体が島に集団埋葬されているニュースを見て、恐怖を抱いていました。

その間に引越・妊娠・出産も経験しました。みるみる治安が悪くなってくるニューヨークに不安を覚え、妊娠もしていたので、2020年12月にはお隣のニュージャージー州へ引っ越しました。ニューヨークからたった1駅でしたが、ニューヨークと比べて物価も安く、治安もだいぶ良いところでした。
産婦人科がマンハッタンのミッドタウン(自宅から45分程)だったため、検診では地下鉄に乗って移動する必要がありました。360°常に気を張っていないといつ襲われてもおかしくない雰囲気で、少しでも違和感を感じる人が同じ車両に乗ってきたらすぐに車両を移動するほど警戒していました。
アジアンヘイトなども増え、高齢者や女性などの体格的に不利な属性の方が襲われるのを見て妊婦も例外ではないと思い、なるべくお腹は隠して移動していました。

そんなこんなで無事被害を受けることはなく、2021年5月に出産を迎えることができました。The アメリカの病院でのフランク(雑?)な対応や2泊での退院などいろいろありましたが、また別の記事で書きたいと思います。

産休は12週間と決まっていたので、8月中旬には復帰でした。時短という制度もないので、コロナで在宅勤務になっていなければ仕事を辞めていたかもしれません。住んでいた地域の育園の相場は月20万円(ニューヨークだと30万円)です。改めて、アメリカ(特にニューヨーク)というのはいろんな意味で生き残っていくのにパワーがいる国であることを思い知らされました。
12週間での復帰も、アメリカだからそうしたのであって、日本で出産していたら1年間育休を取っていたと思います(決して12週間で復帰できると言っているわけではないです)。

初めての育児に試行錯誤しつつ、(騙し騙し)仕事と米国公認会計士の勉強をしつつ、あっという間に産後半年が過ぎました。治安も戻っておらず、もともと3~5年で帰国予定だったこともあり、2021年末には帰国を決めました。

ニューヨークに実際住んでみて抱いた感想は、月並みですが「自由」です。特にニューヨークは多種多様な人種の方が集まっており、それぞれの国の文化や常識が存在します。そのため、画一的なルールや常識を当てはめることは難しく、個人を尊重するという意思をあらゆる場面で感じました。「自分の常識は相手の非常識」という言葉が正に当てはまり、「普通はこうするはずだ」という自分の考えが通用しないことにストレスを感じることもありましたが、おかげ様で心がかなり広くなったと思います。
また、コロナ禍でもアメリカはこの先必ず良くなっていくと国民が信じている印象を受け、決して希望を捨てない前向きな姿勢に、成長を続けていく国のパワーを感じることができました。

帰国後、現在まで

帰国後は0歳児を連れての1週間のホテル隔離(窓は開かず、廊下にも出てはいけない)、その後の自宅(夫の実家)隔離が1週間、その後マンションの内覧を始めたため、現在の自宅に引っ越すことが出来たのは日本到着から3週間後でした。
住環境の整備・行政関連の各種手続・退会していた会計士協会の再登録手続・保育園の申し込み・非常勤のお仕事・株式会社設立・初めての0歳児育児etc.を同時並行で進めていたため、あの頃の私の頭はキャパシティを遥かに超えており、いろいろなミスをおかしました…。会社設立や個人事務所開業についても別の記事で書きます。

夫自身も約20年ぶりに地元に帰ってきたこともあり、2人で試行錯誤の毎日ではありますが、日々いろいろなことに挑戦しています。
私たちにお手伝いできることがあれば、是非お気軽にご相談ください。

ここまで自己紹介を読んでくださりありがとうございます。
このブログでは、
・公認会計士としてのキャリア
・会計、税務、経営に関するお役立ち情報
・アメリカでの生活、就活、出産 etc.
・豊橋での会社設立、開業

等々、様々なことについて書いていきたいと思っています。リクエストもお待ちしております。
WordPressも初めてで、試行錯誤の日々ですが、是非お暇な時にお楽しみいただければ幸いです。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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